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大阪城の天守閣で別れた・・・・

土曜から降り続いた雪が日曜の朝には50センチ近く積もっていた。

車庫と玄関周りの除雪を終え、友人たちを迎えに出かけた・・・・・

総勢5人を乗せた車は、重苦しい空気のまま大阪へと進んだ。

この5人は土曜に亡くなった友人と共に働いたバイト仲間、それぞれ

久しぶりの顔合わせだ。

3時に大阪についたが、お通夜は6時半 まだ時間がある「そうだ大阪城に

行こう」私が言った。私も始めてだが皆も天守閣に登るのは始めてらしい・・・

その姿は存在感充分”公園内を歩くうちにお通夜のことを忘れさせた。。。

エレベータ、階段とで天守閣へ!360°大阪の街が見渡せた「奴はどこで

眠っているんだろう」ふと、この天守閣に皆と一緒に彼もいる感覚がした・・・・

奴が生まれ育った街、辛い病気と闘った街。すべてがこの下にある・・・・・

「そろそろ時間だ、降りようか」 他の友人たちはどう感じたかはわからないが

私は心の中で彼に別れを告げた。そして彼は天へと、私は地面へと別れた。。

式場に入ると大勢の人がすでに座っていた。祭壇の遺影はリクルートスーツ姿で

凛々しく構えている。「私達の知らない顔」数十人の部下をもつ上司の顔だ。

すすり泣く声が多い中、何故か私は涙がでない。ず~っと遺影を見ていた・・・

式場を去る時、気丈に振舞う喪主の奥さんにあいさつした時「涙があふれた」

奥さんも看病に育児きっと限界にきてるだろう・・・これが終わったら少し休んで

もらいたい”そしてゆっくりと彼と話をさせてやりたい。彼もそう望んでるに違いない!

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コメント

大阪城は私(主人)の実家近くで何回か天守閣に登ったことはあるので、天守閣からの景色は分かるのですが・・・
たんくんパパさんの心境で眺めた大阪の街はどう映ったのかなぁと考えるととても不思議な気持ちになりました。

本当に悲しい時って、涙が出ないのかもしれません。私の母が亡くなるとき、家族がベッドの周りを取り囲んで、徐々に母の呼吸が弱くなり脈が止まり…家族のみんなが涙を流す中、私だけ全く涙が出ませんでした。それからお通夜もお葬式も涙は出ませんでした。
火葬の時、母の棺が見えなくなり重い扉が閉められた時、はじめて涙が流れました。

気丈にされていたお友達の奥様も、私と同じような心境だったのかもしれません。亡くなったという事実は目の前にあるのに、悲しみを受け入れられないというか…まるで作り事のようにしか思えない。

私は今では診察で母の話をする度に泣いてしまいます。主治医から「まだ、心の中で喪の作業ができていないんだと思います」と言われました。確かにその通りで、私は未だに母の死を受け入れられずにいます。
亡くなった人の事を考えるとき、涙が流れてしまいますが、今は流れるままでいいと思っています。街で母と近い年の方と娘さんの楽しげな姿を目にした時、遠くから幼い子の「お母さ〜ん」と呼ぶ声が聞こえた時、思わず涙が溢れます。でもきっとそうやって泣いても、その人のことを思い出すことが一番の供養になるのかなと思うようになりました。

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